日帰りセレンディピティー
春の陽気に誘われ、愛車に跨ってちょっと遠出をしてきた土曜日。
今夜はその道中に出会った偶然の出会いについて書きたいと思います。
本能寺の変直後の明智光秀と、当時はまだ羽柴の苗字を使っていた豊臣秀吉が戦い、この戦いに勝利した秀吉は織田家後継争いで大きな発言権を得たのでした。この戦いは山崎の戦いとして知られています。「天下分け目の天王山」の他、「洞ヶ峠を決め込む」という慣用句もこの戦いが元になっていますね。
今回登って初めて知ったのですが、この天王山は清須会議で長浜城を譲った後の秀吉が大阪城を築くまで本拠地としていた場所だそうです。素人知識ながらそこそこ戦国には詳しいつもりですが、まだまだ知らないことはたくさんありますね。
この前戦国について書いた時は一切アイマスに関係ない話題でしたが、今回はちょっと絡んできます。
目的地こそ天王山なのですが、その道中にも関連する場所など、いくつか寄りたい場所をピックアップしていました。その他、偶然通りかかって見つけたラッキーな場所も。
前者は明智藪と呼ばれる明智光秀が落命したと伝わる地や、細川ガラシャ輿入れの地として伝わる勝竜寺城公園などです。ちなみに勝竜寺城と細川ガラシャの伝承は訪れて初めて知りました。山崎の戦いでの拠点として、そして京と大阪の間の要地くらいにしか思ってなかった…。
後者は本当に様々。道中で通りかかった河川敷に菜の花が爽やかな黄色を広げていたところだったり、外見からしてアタリに見えるパン屋だったり。こちらのパン屋さんでこの日の昼食を調達しました。天王山を抑えて食べるパンはウマい。
偶然の出会いの中で、特にピックアップしたいのがこちらです。
写真は天王山へと向かう道中で撮影したもの。東黒門という交通の要所があったようで、それに関する説明看板が設置されています。
さて、この写真の中で私が縁を感じたものはどれでしょう。
注目していただきたいのは左下。「石敢當」と書かれた細長い意思が置いてありますね。
知らない方もいらっしゃると思うので、この石敢當についての説明を少し。
石敢當というのは、簡潔に言ってしまえば魔よけです。そして何が珍しいかというと、この石敢當は日本だと沖縄や鹿児島に多く分布するものなんです。
大山崎町のページによると、京都に3つしかない内の1つだとか。不確かな情報ですが、設置されたのは昭和の初期らしいです。写真のモノは明らかに新しいですし、代替わりはしてそうですね。
これだけだと、まぁ珍しいものもあるんだな、くらいの認識になると思います。
では、何故この石敢當に私は食いついたのか。
それを示す画像がこちらです。
シンデレラガールズにて登場した[カタルシスの華]速水奏のセリフ集です。
赤く印をした通り、石敢當は奏が沖縄で言及した内の1つなんです。奏が沖縄で見て、触れた沖縄という場所を表す大事な思い出の1つだと私は思っています。さんさんと輝く太陽の下、とっても楽しそうな奏が愛おしい。
[カタルシスの華]を感じるための沖縄旅行([夜を脱いで、一小節]が登場したのでこれも含めて)はいつか計画しようと思っていて、沖縄で石敢當を見ることは1つの目的でした。今回遭遇したのは沖縄ではありませんが、既に私は石敢當と速水奏が密接に繋がっています。石敢當を見たらこのカードを思い出さずにはいられないほど。
他の人が訪れても、へーで終わる場所だと思いますが、私には縁を感じずにはいられない場所でした。
こちらは思わぬ出会いでしたが、この日帰り旅はとっても充実していたものでした。
目的地をあらかた制覇できましたし、新たな知見を得ることができました。久々に良い運動にもなりましたし、充実した休日を過ごせたなと思います。
この日のTwitterから2つ。
春は桜だけじゃないですね pic.twitter.com/VQosLKqbas
— mr@p (@kanashiburin) 2019年4月13日
総選挙前にはもってこいの場所な気がします
— mr@p (@kanashiburin) 2019年4月13日
普段運動してないとキツいね… pic.twitter.com/I0OvPtmpMA
天気にも恵まれましたね。今日が雨の予報だったので、行くなら土曜日だったんです。
あんまり良い写真がとれなかったので載せませんが、お昼に食べたパンも本当に美味しかったんですよ。穴場的な小奇麗なお店でね。また行ってみたい。
今回は日帰りですが、これだから旅行はやめられない。しばらくは日帰り旅ばかりになると思いますが、まとまった時間が取れたら、またのんびりと電車を使った旅もしたいな。