カナシブリン

主にシンデレラガールズについて思った事をつづっていきます

彼女の中に渦巻くものは ―マンガだから描ける一ノ瀬志希の表情―

 

昨日のU149の更新について、デレステ公式Twitterでも告知がありましたね。

今までこういう告知はなかったと思いますし、今後もこういうお知らせによって、今以上に多くの人がサイコミでの2作品に触れてくれれば嬉しいなと思います。

 

そんなわけで、本日はお久しぶりにマンガについてのお話です。

 

 

今回無料分で公開されているのは、「特別編 志希の暇つぶし」。

梨沙編が一段落し、次のお仕事が描かれる幕間にあたるお話なのですが、6ページという短い間で、私の中にかなりのインパクトを残しました。

 

晴と梨沙が自身のライブでバックダンサーを務めて以来、ちょくちょく第3芸能課へと遊びにきていた志希。

ご存知の通り彼女は失踪癖があり、第3芸能課はそんな彼女の失踪先お得意様になっているみたいですね。日常回にこれまでもちょくちょく顔を出していました。

では彼女はどうして小さなシンデレラたちが集う場所へとやってくるのか。

 

彼女が話す言葉はこうです。

子供なのに大人の世界へいることによって、思考の成熟が早くなる。そんな姿は世の中から見ればアンバランスであり、歪である、と。しかし、第3芸能課のアイドルたちにそんな影は見えず、キラキラしているから、観察したくなる。

興味があるから観察している、それだけにしては、3ページの志希の表情は楽しそうではなくて。

この表情が本当に絶妙なんですよね。どこか空虚で、心底不思議そうでもあり、なんとなく羨ましそうにも見えてきます。一ノ瀬志希のこの表情は、マンガだからこそ見せられた姿でしょうね。

 

そんな志希の様子を見たフレちゃんは、志希の心を見透かしたかのように、第3芸能課の子たちは大丈夫だと笑顔で言います。

フレちゃんらしさが溢れだしているようなシーンですよね。4ページ目右下の慈しむような表情がホント…。

きっと、志希は自分の抱えている感情を他の人がどう呼んでいるのか、気付いていないんです。でも、それをあえて指摘せず、ただ優しい言葉をかけて上げられるのがフレちゃん。こういうフレちゃんだから、レイジー・レイジーは成立しています。

 

自由奔放で、とにかく楽しそうなことを求めるギフテッド。

これは、作中でも、そしてこちらの世界でもアイドルとしての一ノ瀬志希を示すイメージだと思います。

人間としての一ノ瀬志希を見た時、そこにある陰も見え隠れします。

家族との関係がその最たるものです。志希が父親に抱いている感情は、とても独特なものですよね。断片は見えていますが、今の一ノ瀬志希ができあがるまでに、2人の間でどのようなことが起こったのか。

U149の志希を見ていると、彼女の父親も娘に対する自分の感情がどんなものであるのか、自分の中で定義できなかったのかもしれないなと思いました。人間と人間って、本当に難しい。

 

今回は、色々な感情が渦巻いている最中の一ノ瀬志希を見ることができました。

志希については考えれば考えるだけ沼にハマっていきます。志希沼にはどんどんハマっていきたい。でもそれを行うための情報が私にはまだ全然足りていない…。

今回のあの表情のおかげで、デレステのフェス限として登場した[アイロニカル・エトランゼ]がなおさら欲しくなりました。子猫に見せていた表情の裏を知りたくなる。

 

 

 

最後に、U149全体についての話をしましょう。

志希が指摘した歪さ。

これは今までにも第3芸能課が通過してきた道です。

ありすが写真撮影でクライアントから求められた自然な笑顔、鴨川でみんなが番組から求められたバラエティでの対応、桃華がバンジージャンプを飛ぶにあたって苦悩したこと…どれもが、求められた子供らしさと、見せたい自分たちの姿がぶつかることに対して悩んだお仕事です。

しかし、それらはプロデューサーや先輩アイドルによってその子らしさが守られ、お仕事を成功させてきました。まさに、フレちゃんの言う通りなわけです。

志希の言葉は、U149を構成してきた柱の1つを端的に表していますよね。

 

廾之先生、いつも素晴らしい物語を本当にありがとう。これからもキラキラした第3芸能課のアイドルたちを楽しみにしています。